図書館史:近代イギリス

科目別ノート

イギリスの図書館発展の特徴は、フランスのような強い国家主導ではなく、王室・大学・私人・議会といった複数の主体が関わりながら、時間をかけて公共性を形成した点にある。

そのため、制度化は遅れたが、専門職・組織・利用原理の面で近代図書館の基盤を築いた。

以下では、イギリス図書館史を年代順ではなく、公共性の形成という観点から整理する。

王室図書館と国立図書館構想の萌芽

中世以来、イギリスでは王室が蔵書を保有していたが、それは長らく私的性格が強かった。17世紀になると、図書館の社会的役割を意識した議論が現れた。

王室図書館司書 ジョン・デューリー

  • 『新しい図書館の経営者』を著し、司書職の理念を提示し、利用者中心の考え方を示した。

その結果、図書館は蔵書を保管する場にとどまらず、利用者に知を媒介する機関として捉えられるようになった。

納本制度と公開への試み

納本制度によって王室図書館の蔵書は着実に増加した。こうして王室の私的蔵書は、国家的規模の知の集積へと変化していった。1694年には、司書リチャード・ベントレイが 制限付きながら王室図書館を公開し、社会へ開く試みを行った。

さらにベントレイは、国立図書館の建設には国家の支援が不可欠であると訴えた。

王室の蔵書を公共の資産として位置づける発想が現れたが、この段階では制度としての国立図書館には至らなかった。

大英博物館図書館:私人の知を公共へ

18世紀、イギリスの国立的図書館は、王室ではなく私人の寄贈や国家による買収を基盤として成立した。

ハンス・スローン卿

  • 「人類の利益と学芸の発展」のため、公開を条件に国家へ寄贈した。

コットニアン図書館

  • ロバート・コットンの収集による図書館で、イギリス史研究の基礎資料を含み、国家に継承された。

ハーレイアン図書館

  • 貴重な写本コレクションとして知られ、議会が買い入れた。

これらを基盤として大英博物館図書館が成立し、国家的・学術的な中央図書館としての役割を担った。その運営は十分な公的支援を欠いたが、議会は知の公開性を重視し、資料へのアクセスを公共の利益として位置づけた。

私人の知的資産を国家が引き継ぎ、社会に開く仕組みが整えられたことで、知の公共化が大きく前進した。

パニッツィと公平なアクセスを支える管理の標準化

19世紀になり、大英博物館図書館はアントニイ・パニッツィによって大きく近代化された。

パニッツィは、目録を蔵書の一部と捉え、誰もが同じ条件で資料を探せるべきだと主張した。そして、アルファベット順目録を整備するとともに、「91か条目録規則」を定め、資料組織の標準化を進めた。

また、図書館建築も刷新し、閲覧室と書庫を分離した設計や円形閲覧室を導入することで、利用効率と管理体制を高めた。

図書館運営の原則・目録法・建築設計が体系化され、近代図書館のモデルが確立された。

大学図書館と学術基盤の形成

イギリスでは、公共図書館の発展とは別に、大学図書館が学術研究を支える基盤として早くから整備された。

オックスフォード大学

  • 宗教改革で荒廃したが、トマス・ボードリーによって再建され、出版業組合との献本協定によって継続的に蔵書を拡大した。

ケンブリッジ大学図書館

  • 寄贈を基盤に成長し、政治的混乱を経ながらも王室の保護を受けて再建された。

大学図書館は、学術共同体を支える恒常的な知の基盤として発展し、イギリスの図書館文化に研究機能を定着させた。

公共図書館法と自治体図書館の制度化

近代的な公共図書館が成立する以前のイギリスでは、公開図書館、教区図書館、職工学校図書館、会員制図書館など、多様な形態の図書館が存在していた。

これらは教育や教養の場として一定の役割を果たしたが、多くは寄付や会費に依存しており、安定した公的支援を欠いていた。

19世紀になると、産業革命による都市化と労働者層の拡大を背景に、市民教育のための恒常的な図書館制度が求められるようになった。

この流れの中で、ウィリアム・エワートが公費による図書館運営を提唱し、1850年に公共図書館法が制定された。当初は建物・土地のみが対象であったが、その後の改正により図書購入費も公費の対象となった。

その結果、各地に公共図書館が設立され、1877年にはイギリス図書館協会が発足し、制度と専門職の両面で基盤が整えられた。

図書館は慈善や会員制の仕組みから、自治体が支える公共サービスへと転換した。

まとめ

イギリスの図書館は、王室・私人・大学・自治体といった多様な主体が役割を分担しながら、知の公共化・学術基盤・制度整備を段階的に進めることで、近代図書館の基盤を築いた。

その結果、イギリスは利用の公平性・専門職性・公共サービスとしての図書館運営を確立し、近代図書館モデルの重要な源流となった。

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