図書館史:近代アメリカ

科目別ノート

アメリカの図書館は、王権や国家権力の象徴としてではなく、
「学びたい市民が自ら支え、使うための場」として生まれた。

他国との、この出発点の違いが、後の利用者中心・サービス重視の図書館像を形づくった。

開拓社会と市民による知の基盤形成

新天地に移住した人々は、宗教・政治・経済の自立を支えるために知識基盤を求めた。

一方で、アメリカ植民地社会では教育機関や文化機関が未成熟であり、その役割を補う形で図書館が発達した。
こうして図書館は、生活と直結した教育機関として機能した。

アメリカでは社会の必要が図書館を生んだ。

会員制図書館:公共図書館への橋渡し

当時の大学図書館は寄贈によって成り立っていたが、教員向け資料が中心で、市民の学習需要に応える存在ではなかった。

そこで重要な役割を果たしたのが会員制図書館だった。会員が会費を出し合い図書を購入し、共同利用する仕組みであり、公共図書館的な性格を持っていた。

フィラデルフィア図書館会社(ベンジャミン・フランクリン)は中流・庶民層を対象としており、歴史書が蔵書の3分の1を占めていた。古典よりも実用的知識が重視され、非会員も保証金を積むことで利用することができた。

初期の会員制図書館は閲覧室がなく、館外貸出を中心に利用されていた。
しかし、定期刊行物が増えるにつれて、それらを読む場への需要が高まった。

ボストンアシニアムはそうした要求をふまえて閲覧室を備え、
会員制図書館の中でも、利用環境の整備という点で新しい段階を示した。
内外の貴重書を収集し、学術的な会員制図書館として注目された。

社会図書館と実用主義の徹底

19世紀に入ると、産業化と都市化が進み、より具体的な社会的ニーズに応える図書館が生まれた。

職工・見習工の教育と福祉を目的に、機械工図書館が設立された。
また、商業従事者・経営者向けの商業図書館も造られ利用されていた。

これらは無料で利用でき、当時の社会に歓迎された。

これらの社会的図書館の実績が、公共図書館への道を切り開く原動力となった。

公共図書館の制度化:法的基盤の獲得

19世紀には、図書館を公的に支える動きが本格化した。

ビンガム青少年文庫(1803年)や、ピーターボロー公共図書館(1833年)は、いずれも地方自治体が予算措置を講じていたが、それは臨時的な支援にとどまり、安定した法的基盤を持つものではなかった。

転機となったのがボストン公共図書館である。
1848年に特別令によって市立図書館として認可され、免税が認められた。
その後、マサチューセッツ州法に基づき、1854年に正式に公開された。

これは、図書館が単なる慈善事業や一時的支援ではなく、
法に基づく公共機関として位置づけられたことを意味する。

さらに、当初から民主的な理事会制度を採用し、社会教育機関として成長していった。

ただし、図書館の有益性は広く認識されながらも、有料制の図書館が依然として多数を占めていた。
ボストン公共図書館の公開後25年で2,240の公共図書館が新設されたが、そのうち無料公共図書館は257館にとどまった。

公共図書館はここで初めて、法的根拠を持つ公的機関として確立された。

1876年と近代図書館の完成

1876年はアメリカ図書館が近代的な公共サービス機関として完成した転換点である。

この年、アメリカ図書館協会(ALA)が発足し、図書館専門雑誌が創刊された。
これにより、図書館運営の知識や課題が全国規模で共有される基盤が整った。

同時に、デューイの十進分類法カッターの目録規則が登場し、蔵書管理の標準化が進んだ。
これにより、図書館サービスを効率的かつ安定的に提供する技術的基盤が築かれた。

さらに、サミュエル・S・グリーンは人的援助としてのレファレンスサービスを提唱し、図書館員が利用者に直接関与する役割を明確にした。
図書館は単なる蔵書の保管庫ではなく、人的支援を伴うサービス機関として再定義された。

利用者のための図書館を、全国で安定的に提供するための組織・技術・理念がこの時期に整った。

カーネギーと寄付文化

アンドリュー・カーネギーは、教育・科学・文化の振興に力を注ぎ、公共図書館建設に巨額の寄付を行ったことで知られる。

その支援により、多くの地域で図書館施設が整備され、児童サービスの本格化や開館時間の拡大など、図書館サービスの充実が進んだ。

こうした背景には、成功者が富を社会へ還元するべきだとする価値観があった。
アメリカでは、公的支援だけでなく、民間の寄付もまた公共サービスを支える重要な力となった。

図書館の発展は、国家だけでなく市民社会の資金と理念にも支えられていた。

まとめ

アメリカの図書館は、市民の必要から生まれ、市民参加の文化の中で育ち、制度・専門性・寄付によって支えられた。その結果、利用者中心・サービス重視の近代公共図書館モデルを完成させた。

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